【コンサルタントになるまで】ファッション革命だった女子高生時代

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そのまま進みたかった中高一貫の私学から、イヤイヤ受験して進学させられたのは、都内にある日本随一の音大付属高校。

そこは、私服オンリーの学校でした。

●いきたくない学校で・・・
●子供の象徴=制服(小学校も制服だったので)を脱がなければならない
●校舎、教師、時間割、すべて大学の使いまわしなカリキュラムで、常に大学生と一緒にさせられる違和感

そんなものを抱えながら、不安な毎日を送っていました。

女子高生の武器である制服が着れなかったのはキツかったです

突然「制服着なくっていいよ」って言われると、まだ子供なので、困るわけですよ。

急にほっぽらかされるというか。

それから、毎日毎日・・・「明日は何を着ていく?(--)メンドクセー」

私は毎晩、ファッション雑誌をばさーっとめくって、
開いたページのスタイリングと同じ服をクローゼットから出す。

朝も、同じページを見て髪形から、メイク、カバンの色までまねっこまねっこ・・・

読んでいた雑誌がSPURというまあまあモード系の雑誌だったこともあり・・・

仕上がりはいつもちょい尖り気味(笑)。でした。

当時やっていたファッション系の番組や、BSでやっていたパリコレの発表会などビデオで見ては、

●目を四角く真っ白のアイシャドーで囲ってみたり(アートメイクですね)

●頭に針金のお花をつけたり。

●使い終わったヴァイオリンの弦をぐるぐる束ねて、ネックレスとして巻いたり・・・

●ショーの演出で、沢山おかっぱ頭の女性が出てきたのを見て、ばっさりと髪を切ってみたり・・・

そんな日々を送っていました。

音楽も沢山聴きましたよ。パンクも、テクノも、ハウスも、ドラムンベースも、ロックも、プログレも・・・

ボアダムズも、現代音楽も。ジャズ以外の音楽をすべて聴きました。

そして、ファッションも、ありとあらゆるテイストのファッションに挑戦しました。

今度、当時の写真を載せてみますね。

ドイツの音大留学時代の私とファッションについてはこちら

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