おしゃれは世間との闘いだよ【りゅうちぇるですら闘っている】

りゅうちぇるの
メイクに「やりすぎ」
「おかま」なんて批判があるみたいです。

いい事言ってるよ。

「やりすぎかどうかは誰も
決めてはいけないし」


「自分を表現するためにこれからも
メイクを続けていくよ」

ああ思われるんじゃ
こう思われるんじゃ、
自分がおしゃれしたりメイクすると
ものすごくに見える、

そういうお話20代ではなくて
40代からも60代からもほんとに
よく聞きます。

障害になっているのは、
親の目ですよね。

 

誰だって親
(特にファッションの場合は
お母さんのことが多い)に
喜んでもらえる自分でいたいもの。

 

そのヒトが

「派手すぎるんじゃない?」

「やりすぎじゃない?」

ということなら、
自分の意見は
かなぐり捨ててでも
そっちを優先させるの。

 

そうやっていつしか

 

「自分の判断」はなくなって

 

「お母さんに気に入ってもらえる見た目」

 

を取り込み、それが
「自分の好み」だと
錯覚するようになっちゃう。

 

親であっても他人なのに、
他人のものさしを取り込んじゃうんだね。

 

取り込んでるから、
それに気づいてやめない限り、

 

親がいなくなっても、
おばあさんになっても、
それを信じてやっていくよ。

 

え?わたしはって??

 

母はものすごくコンサバに
私をしつらえようとしてた
時期があったけど、
それがだいっきらいで、
ものすごく反発したよ。

 

「こうじゃない?」と
言われても、
「うるさい!これでいいの!」と
一切聞かなかった。

 

他のことにも干渉が
強い母親だったけど、
ファッションとメイクのこと
だけは絶対に言うことを
聞かなかったよ。

 

そのうち「この子は言ってもダメ」と
母は諦めたよ。

 

自分のやりたいように着飾る自由は、

 

子供は最初は全然
与えられてないことが多くて、

 

ほとんどの場合は
勝ち取るものなんだ。
……

 

雑誌でよくある
世間受けする見た目も、

‘”愛され○○❤””
とかに身震いするって人もいると
思うけど、

元はというと、

『おかあさんのために。』

『おかあさんが
Noという格好はしない』

って発想を
焚き付けてるだけなんだよ。

 

※おかあさん以外の身近にいた
大人の場合もあるよ
おしゃれは、「ステキかそうでないか?」

 

って結果があるから、

 

誰かの言いなりでも
その人がセンスある人なら結果オーライ
だけど、

 

センス悪い人の言うこと
聞いてたなら、自分がいま
垢抜けないのは
当たり前だよねー。

意見してきてた人を客観的に
見た場合、その人のファッションが
ステキだったのか??ってとこ
だよねーー。

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画像元:https://twitter.com/RYUZi33WORLD929?s=09

おしゃれの始まりは、
うるさい外野の批判を
絶対に聞かないところからスタートするよ。

 

誰になんと言われようと、
私はこれでいく。

 

オシャレは、そう決意を
することからしか始まらないし、

オシャレは闘いでもあるんだよ。

 

覚悟決めない??

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