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気をつけたい、オシャレになれないこんな考え方

人のファッションの評価をしている内は、オシャレにはなれないんです。

合っているか、間違っているかしかない人

私は体質的に敏感な方で、無農薬とか、無化学調味料とか、無添加とか、

そっちの世界に片足を突っ込んでいる人間です。

そうすると時々” ガチの人 ” と関わらざるを得ないこともあります。

〇〇は毒!

〇〇!は悪!私の使ってるコッチが正しい!!

偏った思想を持っている方達と接するのは疲れます。

でも、実はファッションでも同じことが起きていているなと思ったのです。

〇〇診断教に入信!?

【〇〇診断教】と、過去の自分を戒めるためにも過激な言葉を使ってみました(笑)。

診断を真面目にやっている方たち(私もですが!)には絶対に怒られるネーミングなので今から謝っておきます。ごめんなさい。単なる言葉遊びですのでお手柔らかに。

で、〇〇診断教の信者さんは、他人様のしている装いを〇✖で評価してしまいます。

こんな風に・・・

あの人は○○タイプのはずなのに、真逆のファッションをしているからヘン!おかしい!

その宗教の考え方を取り入れていない人に✖印をつけて、場合によっては見下してしまうんですね。

勉強中の方に多いケースですが、教える側にも問題がありそうです。

ファッションに優劣をつけた時点でまだまだです

〇〇診断はおもしろい。目から鱗。何が良いか、何がダメなのか分かった気がする!

でも、〇〇診断の診断結果〇〇タイプの教えを守っている人=オシャレな人な訳ではありません。

〇〇タイプの教えを守っている人を見る人が見れば、「○○タイプ通りのファッションをしている人だな」とすぐにわかるので、だからなんだということになるのです。

診断は他人を評価するために使ってはいけない

お若い方や、勉強中の方もここを見てくださっていると思うのでお伝えしておきたいのですが、〇〇診断のタイプ分けは

自分が何者であるかを知るために使いましょう。

この世にいるすべての人が思い思いの装いでいるのは本当に美しいし素晴らしいことです。

ですから人のファッションに上も下もありません。

〇〇診断は、多様な世界のファッションの内、一つの偏ったモノの見方の一つに過ぎないのです。

性格診断とあまり変わりはなく、「そのように見たら、急にそう見えてくる」というだけのことなのです。

美の基準はありません

〇〇診断の理論をまとめ上げた人は本当にすごいです。

ここまで広がり、真実ではないにしろ、たくさんの人を助けているのです。

しかし、世界はもっと多様で複雑。美の基準なんて本当は在りません。

もし、本当に美の基準が一つで、全ての人を〇〇診断で解き明かせるのなら、ファッションデザイナーが作っているファッションは全てデタラメで無意味、魑魅魍魎としたファッションなんて、やっている意味がないということになってしまいます。

さいごに

他人のファッションから自分を顧みたり、人をパターン別に種類別に仕分けることで、自分の個性が見えてくるのは素晴らしいことです。

でも、それは他のどんな分野とも同じで、そんな気がしてくるとそう見えてくるということに過ぎないのです。

掬われている方々が多いのは事実です。私も本当に勉強になり、勿論今も診断をしています。

ただ、診断を他人を評価するために使い、自分を知っているもの、他人を知らざるものに分け、競うために使っていても、それは診断タイプを実践しているマニア、に過ぎないのです。

もし、

  • 間違いたくないから
  • 何かにすがっていないと不安で気が狂いそうだから

という思いが背景にあるのなら、それはファッションで解決することではなく、ココロの問題として扱った方が良いと言えるでしょう。

 

 

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