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動物を「かわいそう」という前に考えたいこと:福島10キロ圏内に残された牛の生きる道とは?

久しぶりに、最近読んでとても素晴らしかった本について。

 

牛と土 という本です。

牛と土 福島、3.11その後。 (集英社文庫)

福島の原発事故により被ばくした牛のその後。

殺処分されず、かと言ってペットでもなく、ただただ生かされている牛たちの生きる意味を探し、役牛としての新たな道を模索している酪農家たちの奮闘を知ることができました。

あらすじはこちらを参照

内容紹介

第37回講談社ノンフィクション賞受賞
第58回日本ジャーナリスト会議賞(JCJ賞)受賞

震災から4年。被曝した牛たちは生き延びて、ふるさとの大地を守り続ける。
園子温(映画監督)氏も絶賛!

2011年東日本大震災。家族のように暮らしてきた牛と牛飼いの絆は断ち切られた。多くの農家が安楽死処分に泣き、被災地を去る中、一部の農家は立ち位置禁止の警戒区域に自ら餌を運んで、牛を生かし続ける道を選ぶ。
当初は心情的な部分からであったが、やがて牛飼いたちは「牛を生かす意味」を見出していく。それは、失われようとする“ふるさと”を取り戻すことだった。

牛飼いと牛たちの圧倒的な存在感!
2011年以来、福島取材を敢行。ある時は立入り禁止区域に入り込んでまでの克明な取材からこの作品は生まれた。特筆すべきは牛と牛飼いのシーン。牛飼いと牛のつながりがみずみずしく描かれる。美しいシーンであるだけに、この震災で失われてしまったものの大きさが心に響く。
被曝した牛が生きる意味とは?
牛飼いたちはかつて農地だったところで牛たちを飼う。最初は雑草を餌にするためだったが、牛たちが旺盛な食欲で雑草を食べつくすことが農地を荒廃から救っていく。
また、動物への被曝を通して人体への影響を調査する研究者たちも加わることで、草に含まれる土壌の放射能が牛の排泄を通して除染の一助となることも判明していく。
現在も牛飼いと研究者たちは牛を生かすべく活動を広げている。今も被曝した牛たちを生かす牛飼いたちの不倒の闘いは続く。

【目次】
序 章 安楽死という名の殺処分
第一章 警戒区域の牛たち ―― 餓死でも安楽死でもなく
第二章 飯舘村の牛たち ―― 人も牛も姿を消した
第三章 飛散した放射性物質 ―― 土と動物の被曝
第四章 放れ牛と牛飼いの挑戦 ―― 牧柵の内と外……牛の生と死
第五章 ふるさとを遠く離れて ―― 動物の時間と人間の時間
第六章 牛が生きつづける意味 ―― 牛飼いを支援する研究者
第七章 被曝の大地に生きる ―― 家畜と野生の狭間で
第八章 帰還困難区域の牛たち ―― 牛が守るふるさと
第九章 検問を越えて牛の国へ ―― 牛が教えてくれたこと
終 章 牛と大地の時間

初めは、動物好きとしては悲しい話で読みたくないって思ったんです。

国から一斉殺処分というお達しが出て、家族同然に育てて来たから殺すなんてできない!と、反発した酪農家さんが、自分が被爆することもいとわずに餌を運んで、先の見えない中ただ生かしている、ということは知っていました。

でも、段々被爆した牛の調査をするようになり、そのデーターが世界中どこを探してもない「被ばくした家畜のデーター」として、使えることがわかったり、

野良となった離れ牛が草ボーボーの田んぼの草を食べて、畑の除草に一役買うことが分かったりと、牛たちの生きる”価値”を見つけて、なんとか殺さずに社会の役に立つ存在としてみんなで維持していけないか?というとっても前向きな内容なのです。

衝撃的で凄惨な描写はそこまでなくて、それよりもむしろ、被害に遭われた酪農家さんの心情に触れると、ね。

避難勧告が出て牛を置いて避難して、牛が死んじゃう!どうすんだべ!!って、東京にある東京電力に怒鳴り込んだ酪農家さんのおっちゃんの話とかね、ぐっと来ましたね。

でもヒトって強いよ。本当に!たくましい!!

そして、この本を書いたジャーナリストさんの自然の描写が美しくて。

子供の頃に、牛が当たり前にいた時代に暮らしている方なので、牛へのなつかしさや親しみを感じました。

私は動物を擬人化するのがあまり好きではないので、良かったです。

そして、酪農家さんたちの、「牛が好き。」というそれはもうすごい、生半可ではない情熱と、第一次産業を背負っている良い意味でのプライドに触れることができて、これも感動。

こんな思いして仕事してるんだ・・・!

残念ながら全く知らなかったので、知ることができて良かったです。

動物をかわいそうという前に考えたいこと

以前、私は動物愛護とか、動物福祉、動物の権利ということにとても敏感でした。

今もそれは変わりませんが、すごく変わったことがありまして。

以前は、かわいそう、ひどい、が結構心を締めていたんですよね。それは、とても苦しかったです。

だって、思ったところで現状を変えられないからね。(肉を食べないことくらいしかできない。でも、食べないと私は健康を維持できないから、食べるのは罪悪感があってつらかった!!)

ある時、13年以上続けているカウンセリングにて、カウンセラーの山脇恵子先生に、

「かわいそう」という動物への思いは、自分の投影だよね、みたいなことを言われ、ハッとなりましたね。

「動物=弱い立場で、自分では何もできない存在」に対する必要以上の同情は、そのまんま自分の子供時代に対する心情そのものなんだなーと、わかったんです。

分かりやすく言うと、「あのころの私って弱い存在で、支配されていてかわいそうだったあ~~~!おんなじ目に遭っているように見える動物さんたちかわいそすぎる!!!」ってことですね。

あと、動物の脳についても教わりました。

人の脳とは違うよね、という話で、例えば牛だったら、自分が生んだ子牛と引き離されて始めは鳴いたりして探すけど、しばらくするとそれ自体を忘れて、「次の子を産まなきゃ」とかって別のモードになっていく、みたいなことで、人より全然シンプルなんですよね。

その辺りは、酪農家や獣医師にとっては当たり前の動物行動学とか齧ればすぐにわかることだと思います。

「もし、動物が人と同じレベルの脳を持っていたら、今頃動物が反乱を起こしているはず。でもそうはなってない。」みたいなことを言われて、本当だな、そうだな、と思ったんです

※先生の名誉の為に言っておくと、表現や言い回しは違ったかもしれなくて。
あくまでも”私が”そう解釈した、という話です。別のクライアントには、別の言い方をすると思いますので、合ってる・間違ってる、のジャッジはしないでね。

このカウンセリング以降、目が覚めたようになった私は、動物への必要以上の同情で苦しむのをやめることができました。

この本を読む前はとてもじゃないけど福島の牛に関する動画やテレビ番組なんて見れなかったけど、

読んだあとは、Youtubeで「福島 牛」と検索して、二つの目でしっかりと閲覧することができました。

コメント欄は「かわいそう かわいそう かわいそう」の嵐でしたし、「待ってる」とか、「悲しい目をしている」とかで溢れていましたが、私はもう、そういう言葉に惑わされなくなりました。

だって、違うんだもん。

本で読むと、いいですね。適切な描写で描かれていて、煽ったり、過剰になっている部分がなかったので、ある意味淡々とした気持ちで読めました。で、本来動物に近い人達ってそういう淡々とした目線を持っているので、それでいいんだな、と思っています。

動物と暮らしていない都会の私たちほど、感情が揺さぶられて、わあわあなってしまいます。

実際、動物に直接触れている仕事をしている人たちは、リアルに世話をして苦楽を共にして、大切に、適切に処置をしています。

実は、私は牛肉を何年も買っていません。豚と鶏はじゃんじゃん食べてるんですけどね。

牛を育てる環境的な負荷を考えて、ということと、牧場で牛と触れあう体験をしてから食べられなくなりました。

でも、この本を読むことで、逆に肉牛を食べようっていう気持ちが芽生えたんですよね。

「牛は365日の内、1日だけ出産で頑張るけど、後の364日は遊んで暮らしてる」っていう話があって、目から鱗でした。

アニマルウェルフェア的に考えると、乳牛への負担が問題視されてるんだけど、そういう見方もあるんだな、と。

何はともあれ、私は何も知らない、何もできない存在なので、憶測で、かわいそうだけで、あれこれ考えるのはやめて、直接話を聞いたり、本を読んだりして「現実を知る」ことが、ひいては動物の権利を尊重することに、私なりにつながれるんだなーと思っています。

最後に:この本を手に取ったきっかけ

フリマアプリのメルカリで欲しい本を探していた時に、偶然この本を見つけました。

同じ出品者さんから本を買うと、割引してもらえるから、なにかないかな~と思って他の出品物を見ていたときに出ていたのです。

新しい本の買い方をしました。でも、ただ単に古本屋さんで物色するよりも、人の家の本棚からおススメされたような気がして、良い買い方ができました。

気になる方は、そんなメルカリの使い方もあるので、よかったら試してみてくださいね。

今日は普段と毛色を変えて、読んだ書籍についてお届けしました。

7月のレッスン日程と、お盆休みについてアップしているので見てみてね

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